今日一日限り
君の時間を私に下さい
私の選んだ休日の過ごし方
冬だけど日差しが暖かい。
窓越しに当たる太陽が眠気を誘う。
「ちゃん、コーヒーもう一杯飲むかい?」
「あー、お願いします。」
カウンターの向こうから波児が話しかけてくる。
今日は久しぶりの休暇。
しかも平日。
だから銀次を外に連れ出してやろうとT.H.にて待ち伏せ中なのだ。
追加のコーヒーを持った波児がテーブルの横に立つ。
お礼を言ってからコーヒーを受け取った。
愛読の雑誌片手に待つ事数時間。
目的の人物は一向に現れず、待ちぼうけを食わされている。
「何で今日に限って……。」
「銀次らしいっつーか……。」
「「はあ……。」」
ほぼ同時に溜め息を付く。
笑う気すら起きないところがなんとも悲しい。
入れたての熱いコーヒーを一口啜ると、軽い音がして扉が開いた。
「こんにちわー。」
「波児、仕事来てねぇか?」
元気よく入ってきた二人組。
T.H.の常連で、毎度の事ながら金欠のGet Bakersだ。
「噂をすればなんとやら、だな。」
クスリと小さく苦笑をもらした波児。
つられて笑ってしまった。
「あれ?ちゃん?」
「今日は遅かったね。」
私の存在に気付いた銀次と蛮が近付いてくる。
散々待たされたうえ、私が居る事に気付くのが遅い。
言いたい事は沢山あった。
まぁ、銀次が近付いて来た時点で帳消しだ。
何で居るんだと言いたげな顔をしている蛮に、高らかに宣言する。
「今日一日、銀次を貸して貰おうと思ってね。」
「何だと?」
「え、俺?」
僅かな怒りを表す蛮と、何も解っていない銀次。
つい今しがたまで宣伝をやっていただろうお疲れの銀次には悪いと思っている。
残っている今日という日を、私にくれと言っているのだから。
だけど、今日しかないんだ。
「駄目、かな?」
「俺は良いけど……、蛮ちゃん……。」
きっと宣伝の効果は期待できないのだろう。
快く了承してくれる銀次。
問題は蛮だ。
もしかしたら……可能性はないに等しいが、依頼が来るかもしれない。
だから、銀次を借りるとなったら反対するか、条件を出してくるかのどっちかだ。
しばらく時間が経ってから、蛮は溜め息と共に口を開いた。
「条件付だぞ?」
「望むところよ!一食や二食、奢ってやるわ。」
「あー、別に女に集(たか)る趣味はねぇよ。」
手をひらひらと振って否定する。
その台詞を疑う訳じゃないけど、他にどんな条件があるだろうか。
全く見当が付かない。
少し考えてから、じっと蛮を見る。
「じゃあ、何?」
何を言われるか分からないから、身構える。
しかし出された条件は、思いの外(ほか)簡単なものだった。
「俺がの携帯に電話したら、即帰って来る事。」
「…………それだけ?」
「おう。」
不機嫌そうに短く返事をする蛮。
普段の蛮からは考えられない条件だった。
「金貸せ」とか「メシ食わせろ」とか言うのが私の想像の範囲の蛮だ。
なんて言うか……気色悪いほど……。
「蛮が優しい……。こんなに優しいと、槍でも降るんじゃない?」
「そうだね。」
「てめぇら、そんなに出かけたくないのか!!!」
怒りに震えながら蛮が叫んだのを合図に、外に出る。
「蛮の気が変わる前に、いってきま〜す。」
「あ、待ってよちゃん!」
電車2本乗り換えて、目的地にたどり着いたときにはもう夕暮れだった。
交通費は私持ちなのはご愛嬌。
静かな道を二人並んで歩く。
銀次がおもいっきり伸びをしながら言った。
「なんか、久しぶりにのんびりって感じだね。」
笑顔を私に向けて話す銀次は、いつもの事ながら幼い。
まるで人柄を表しているような、爽やかで温かい笑顔。
見ているだけで、とても落ち着く。
「銀次はそうかもね。」
「ちゃんはそうじゃないの?」
銀次に問われて考えてみる。
休日は沢山あった。
だけど……。
「私も……そうかもね。」
「やっぱりね。」
「やっぱりって?」
「だってちゃん……。」
疲れた顔してたし……。
言われてから気が付く。
ここ最近は休日も書類とメールに追われ、結構忙しかった事。
昨日は久しぶりに仕事をやりきれて、ようやく本当の休日が取れた事。
だからこそ……。
「折角のお休みなのに、俺なんかと一緒でいいの?」
「何言ってるの?」
折角の休みだからこそ、一緒に居たいんだよ。
本当の言葉は言ってしまうのが勿体無いから、そっと胸の中にしまう。
代わりの物を探す。
話してる間も二人並んでゆっくり歩く。
代わりの言葉を見つけて言葉にする。
「休みくらいしか、こんな所にこれないでしょ?」
「そうだね。」
「で、丁度良いところに銀次が着たから連れ出したの!」
分かった?
振り返ってそう言おうとしたところで何かに足をとられる。
銀次も何かを言おうとしてたみたいだったけど、先に視界が傾く。
「危なっ!」
「わっ!!」
さっと出てきた銀次の腕に支えられたけど、それじゃ止まらなくて……。
そのまま道路わきにあった草原に倒れこむ。
いつの間にか銀次が私の下敷きになっていた。
何故か笑いがこみ上げてくる。
「大丈夫?」
「っぷ。」
「なっ何?」
「何でもない。ふふ。」
何がおかしいわけでもない。
たぶん……。
たぶんおかしいんじゃなくて、嬉しいんだ。
銀次が庇ってくれた事とか、ここまで来てくれた事とか。
全部が嬉しかった。
しばらくそのまま……。
と言っても流石に銀次の上からは降りたけど。
紫紺に染まっていく空を見上げて、草の上で寝転がっていた。
「さて……。」
いい加減時間が遅くなってきたから、もう帰ろうと思って立ち上がろうとした。
銀次も上半身を起こして立ち上がろうとしている。
足を地面につけた瞬間、激痛が走る。
「ちゃん?」
「なん、でもない。」
顔を顰(しか)めそうになるのを必死で取り繕う。
心配そうにこっちを見てくる銀次にはばれない様に。
何もないふりをしてもう一度地面に足をつける。
「っ!」
「足、挫いたの?」
「だいじょぶ。」
「大丈夫じゃない。」
いつもの優しい銀次とは違う、少し厳しい顔と声。
銀次は足にそっと触れる。
「少しだけ腫れてるね。」
「肩、貸してもらえれば平気だから。」
「ダメ。」
はっきりと一言で切って、銀次は私に背を向けた。
「ほら、ちゃん。」
「え?」
「俺が背負ってくから、早く。」
「いや、私重いから……。」
「大丈夫だから、ほら。」
何回も渋って、仕方なく背中を借りる。
やっぱり銀次の背中は広くて、温かくて……。
「ちゃん?」
駅の近くまで歩いて、背中のに話しかけると返事が返ってこない。
静かな寝息を立てて寝てしまっている。
「寝ちゃったか……。」
見えない安らかな寝顔を想像して微笑む。
「お休み、ちゃん。」
その後銀次が歩いて帰る羽目になったというのは、また別のお話で(笑)
あとがき+++
どうにかこうにか年内に完成しました、13000HITキリリクです。
この夢はサツキさんに捧げます。
サツキさんのみDL自由です(著作権は放棄しておりません)
どうぞ、お持ち帰り下さい。
遅くなって申し訳ございませんでした!!
なにやらほのぼのと言うのは難しくて……。
訳の分からない展開になったりと、本当に差し上げるのも申し訳ないような作品でごめんなさい(汗)
初銀次ということで、やり辛かった感満載で……。
きっと次彼の夢を書くのは、遠い未来の話となりそうです。
by碧種
04.12.30