それは気付いてしまえば簡単で

だけど……


簡単に気付く事は出来なかった










合図










「おい、。」


呼びかけ続ける事早5分。

だいぶ離れた所から座り込んでるコイツに話しかけた時は、聞こえてないのかと思った。
が、徐々に距離を縮めても一向に気付く気配が無く、ついに手の届く距離まで来た。


「聞こえてねぇのか?それとも態と聞いてねぇのか?オイ!」


手を頭に置いて強制的にこっちを向かせる……事は出来なかった。
それは予想外の強さで拒絶された。


?」


膝を抱えて顔を埋めてしまっているから表情も何も分からない。

落ち込んでいるのか。
思いつめているのか。
それとも不貞腐れているのか。

分からないからといって、諦められるほど俺は諦めが良くない。

強制執行が無意味ならば、とそっと近寄って隣に座る。
動く様子が無いをいい事にじっと見つめる。

普段は見えることの無い、白い項(うなじ)。
普段は明るい表情を縁取っている、黒い髪。
大笑いしている時には感じない、線の細さ。

一瞬触れてしまいそうになって、慌てて手を引っ込める。


「聞いてんのか、聞いてねぇのか、はっきりしろよ。」


誤魔化すように声を掛けてもリアクションは0。


据え膳食わぬは……じゃねぇ!!
どうしろっつーんだ、オイ。










今のこの状況は、十数時間前にが姿を消したのが原因だった。





H.T.で蛮と銀次が寛いでいると、突然店の電話が鳴った。
波児が出て一言二言話すと、蛮を手招きした。


「MAKUBEXから蛮にだ。」


普段ならば銀次に助けを求めるであろうMAKUBEXからの電話に不信感を抱きながらも、蛮は仕方なく受け取った。


「……何だ?俺に用なんて珍しいじゃねぇか。」
「ちょっとがいなくなってしまったんですけど、貴方の所には居ませんか?」
が?」
「居ないなら探してください。お願いしますね。」
「ってオイ!俺の意思は無視か?!!」


ふざけんなMAKUBEX、と叫ぶ声を無視して一方的に電話が切られた。

普通の依頼ならば恐らく無視しただろう。
けど、関係となりゃ話は別だ。

MAKUBEXに対しての言動とは裏腹に、身体はすぐにでも飛び出そうとしている。


「銀次。」
「何?蛮ちゃん。」
「今日は別行動だ。」
「はえ?」


言葉を短く切って、出口に向かう。
最早気持ちだけが急いてしまって、ゆっくり話している余裕がない。


「じゃあな。」
「え?ちょっと待って。蛮ちゃん!!?」


今度は俺が銀次の反応を無視して飛び出した。





そして今に至る訳だが……。





さっきからは全く反応を示さない。
そればかりか、空気が人を拒絶している。

そして俺は仕方無しにその隣に腰を下ろし、の様子を観察する。





こんなにあからさまに拒絶されんのは初めて……、か?





その瞬間小さな疑問を抱いた。

いつも人懐っこい
その周りには常に笑顔が溢れている。
だけど……。


前にもこんな事が……あったよな?



あやふやな記憶の糸を手繰り寄せる。


いつ?
どこで?
どうして?
コイツが人を拒絶した?

暫く考えると思い当たる事が一つ。

膝を抱え、俯いたまま人を寄せ付けなかった事が過去に一度だけあった。
その時コイツは……。


……。お前泣いてんのか?」


僅かに揺れた肩が返事だ。

コイツは泣いている。
前も一人隠れて泣いていた。


「俺はそんなに頼りないかよ。」


小さく呟き舌打ちする。
苛立ち紛れに立ち上がろうとしたが、その試みは失敗に終わる。


「どわっ!!!」


いつの間にかしっかりと服の端を掴まれていて、引き止められた。
何か言ってやろうとして見ると、元凶である奴は見事なまでに泣き顔だった。
何も言う事が出来ずに息だけが漏れる。


頼られてないかと思えば、必要だと行動で示される。
どうして欲しいと要求する事はないが、目が、行動が、暗に語る。
はっきりとした気持ちを聞こうとしても避けられて、それでもやっぱり嫌われてはいないらしい。


まさに生殺し。



大人しく隣に座って言葉を待つ。
けれど、待てども待てども何も言ってはくれない。





あぁ、そうだよな。
お前はそういうやつだよ。

求め方を知らない。
求められ方を知らない。
愛し方を知らない。
愛され方を知らない。





。何も言わねぇと、全部失くすぞ。」


出来る限り冷たく言い放った言葉。
その言葉は思った以上にコイツを動揺させた。


「……っ、それは、イヤ。」
「じゃあ、俺にどうして欲しい?」


どうして欲しいかなんて言われなくても分かっている。

は俺を引き止めたのだから、当然そういうことだ。

分かっているからこそ、態(わざ)と問う。
そうして困らせたいのではなく、その口ではっきりと言って欲しい言葉が有る。
だから問う。


「どうして欲しい?」
「…………そこに、居て。」
「分かった。」


分かっている。

の行動が合図になっている事。
行動だけで相手に伝えようとする事。

それは気付いてしまえば簡単な事だった。
けれどそれに気付くのは難しい事で、最近ようやく分かり始めたばかり。
それでも俺は無理にでも言葉で言わせたくなる。


「どこにも行かないで。」
「……行かねぇよ。」


不意に、が肩に寄りかかってきた。
驚きの余り腕を回す事さえ忘れて、その重みと温かさを触れている部分で感じる。






その行動が何の合図か、今は分からない


分かれば簡単で
けれど分かりにくい
そんな表現

いつか気付く日がくればいい
それでいい















あとがき+++

何だかオチが中途半端に……。


ともあれ、初めまして蛮ちゃん。

碧種は蛮贔屓なほうなんですが、好きなキャラほど書きにくいんです(苦笑)

自分の中の明確なキャラクター像がありすぎて、アレも違うコレも違うと言っているうちにどんどん書きたいことから外れていく……。
書きたいことから外れるほど書きたくなくなる……。

そんな悪循環(笑)


まあ、また機会があれば書きましょう。


by碧種


06.03.12